御朱印巡り&サイクリング

突然、ロードバイクと御朱印巡りを思い立ったアラフィフの雑記帳

一筆放言啓上 ~子供食堂という偽善~

こんばんは、アラフィフのロード乗り、たけゴンです。

   

 先日、同好会募集ページで、

レースは目指さない、

スイーツ巡りもしない、

女っ気ゼロ

というグループを見つけ、とりあえずLINEグループに参加させてもらった。

明日はその方々と妙見山ヒルクライムポタリング、楽しみである。

 

そして、日曜日はいよいよ伊吹山ドライブウェイヒルクライム、が・・・、天気悪いではないか。とりあえず、レース中だけでも雨が降らないことを願っている。 http://weathernews.jp/pinpoint/cgi/search_result.fcgi?service=11&lat=35.3117811111111&lon=136.286451944444&ameno=60131&name=%e7%b1%b3%e5%8e%9f&pref=60

 

さて、今日はバイクネタではなく、時事放言ネタである。

 

子供(子ども)食堂とは

 育て支援の分野で最近ちょっとした流行りになっているものに「子供(子ども)食堂」なるものがある。

主に夜間、地域の人のいい人が開放しているお家に、子供達が集まって、ワイワイガヤガヤだべったり、宿題をしたりして、ちょっとしたひと時を過ごす場が原点である。

 

そのような場は少ないながらも、過去からあったと思うが、とある人が「晩ごはん時、ハラも減ったし、メシ食おう。ようさんで食ったらウマイやん!」と思い立ったのが始まりであろう。

とはいえ、タダでごはんができるわけなく、それなら、とその場に訪れる人から寸志としてワンコイン(500円)程度いただいたり、子供は2〜300円に抑えて敷居を低くしたり、もっと思い切って大人のみ払ってもらい子供は完全タダにしたりして、放課後、お家で独りぼっち居場所のない子供達の場を作ろうという素晴らしい活動で・・・、あった。

 

子供食堂は貧困対策か?

最近、「子供食堂は貧困対策」なる論調が見受けられる。 何でも生活保護世帯やひとり親世帯でまともに晩メシ食ってなかったり、コンビニ弁当ばかり食べている子供達をメインターゲットにして、ちゃんとした食事を提供する事業だからや、という。

 

いやいやちょっと待て、と私は言いたい。

今、全国で実施されている子供食堂はだいたい月数回、多くても週に1回程度のところがほとんどである、人間は週1回の食事で生きていけるか? ということだ。

貧困対策というなら、せめて1日1回は食事を提供しないとアカンやろ。 さらに言えば、食事を与えれば貧困対策になるかぁ?

そもそも貧困、貧富の格差というのは、有史において途切れることなくず〜と存在しているもんや。 本当の貧困対策って何なん?そんなのがあれば、歴史上、貧困なんてとっくになくなっているし、今、貧困を撲滅できたらノーベル賞もんではないだろうか。

 

結局、子供食堂が貧困対策というのは、関係者だけの勝手な思い込みだろう。

それなら、子供食堂って何だ・・・? 

 

貧乏人が子供食堂をするな!

ネットで「子供食堂、補助」と検索をかけると、何百万件というヒットがある。 しかし、これにはものすごく違和感を覚える。 これだけたくさんの補助制度があるということは、

一つには、能ないお役所のつまらないパフォーマンス合戦が全国各地で繰り広げられていること。

 

そして、子供の居場所づくり、地域の孤独な子供たちへの食事の提供、低所得者世帯の子供の学習支援などなどの慈善事業をやるだけの財力がないエセ慈善家がいかに多いかということの表れのように思えてならないのだ。

 

かつての第二次世界大戦の惨劇と同じく、この国は、物事を精神論だけでやろうとするからこんな醜いことになるのだ。

 

熱意を持つ貧乏人が他人からお金を出してやり遂げるのが慈善事業か?

否!財力ある者が私財を投げ打って施しをすることこそが慈善事業。

 

 

誰にでもできることでなく財力を有する強者にだけ許される行為が慈善事業だと私は思う。強者が私財を投げ打つことを後押しする税制を始めとする社会制度と、強者が無私の精神で社会貢献することが社会規範となることが今この国に必要なことだと思う。 地域の貧乏人がお役所の補助金を頼っているようではダメだ。

 

お金持ちの道楽、お金持ちの無私の精神による社会貢献、これこそが子供食堂の本来あるべき姿である。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!!!